龍刻 webストーリー - セツナ編 - 著:田中克明(雷鳴)

 いつもの繁華街。いつものゲームセンター。

「おお!!」

 入口付近の両替機に千円札を滑りこませていると、店の奥からどよめきが聞こえてきた。

「すげえ……」

 ツカサは思わず、隣にいた友人のアツシと顔を見合わせた。

「なにかイベントでもやってるのかな?」

「ありゃぁ、格ゲーコーナーのほうだな。よーっし、ツカサ、行ってみようぜ」

「あ、うん」

 アツシは、後ろも見ずにさっさと奥へ行ってしまう。

「ちょ、ちょっと……」

 マシンから吐き出されたばかりの百円硬貨を必死にポケットにしまうと、ツカサも後を追った。


 * * *


 その対戦台のまわりには、かなりの人数のギャラリーがいた。

「すげえ……十五人抜きだぜ……」

「あんなタイミングでアレ出すかよ! 神業だぜ!?」

 どうやら凄腕のプレイヤーが、バッタバッタと対戦相手をなぎ倒しているようだ。
 相手をよく見たくても、人だかりが多すぎて近寄れない。

「くはぁ……勝てねぇ……」

 やられた対戦者が、意気消沈といった具合で台を離れる。

「おい、ツカサ。願ってもないイベントに遭遇したようだな」

 ニヤリとするアツシ。周りはビビっていて、ギャラリーは多いがチャレンジャーとして名乗り出るものは居ないようだ。

「そうだな。じゃあいっちょ、揉んでもらいますか」

 ツカサ自身、格闘ゲームには自信があった。間合いのとりかたが、どこか剣道に通じるものがある。それに、このところ遭遇していない強い相手と手合わせが出来るのは、願ったり叶ったりなのだ。たとえそれが、誰であろうと。

 ……チャリン。

 百円玉を投入すると、画面に『乱入者アリ』の表示が出る。
 使い慣れた、速攻剣術キャラクターを選択。
 対する相手は、打撃と投げを得意とする総合格闘技系だが、スピードはない。

「見せてもらおうか、その凄腕とやらの実力をな」

 アツシがおどけて言う。
 ゲームが始まった。
 すると相手は、ピョンピョンと画面を飛び回る。無意味にも思えるが、撹乱を狙っているに違いない。
 それに惑わされるつもりもない。一気に距離を詰める。間合いに入った瞬間、剣撃のコマンド。それを、入れ終わる寸前に……

「な、なに!?」

 こちらのコマンドがキャンセルされ、瞬時に吸い寄せられるように、組み付かれる。
 ズバーン、ガスッ、ガスッ、ガスッ、ガスッ!
 強烈な投げと打撃を、連続で喰らった。

「くそっ!」

 バックステップで間合いを広げる。だが相手は宙を舞う。

「しまった!!」

 キャラの特性として、後退している間は上部ガードがガラ空きになるのだ。

 ドガガガ!

 今度は踏みつけにされた。完全に動きを読まれていた。
 既に体力ゲージは三分の一。

「ツカサ負けるな! 勝負はこれからだ」

 アツシが、相変わらず素っ頓狂な声で応援してくる。だが……

「その通り!」

 答えるツカサのほうも、必殺技ゲージがマックスになっている。不用意に近づいて来ようものなら“待ち必殺”からの最強のコンボを決め打ちできるのだ。
 緊張の一瞬。
 相手の動きを、ミリ以下の単位で見極めようとする。

「きた!」

 間合いに入った。

 間髪入れずに、居合い抜きの構え。

 続いて必殺コマンドの入力。入れ終わるまでが、いつも以上に長く感じられた。

「もやは、逃げ場はないわっ!」

 アツシがツカサのセリフを代弁する。

 ところが……

 ふうっ!

 スルリと幽霊のように近づいた相手は、再び飛びあがる。
 その足下の1ドット下に、ツカサの“円月返し”が、これでもかと叩きこまれる。派手なエフェクトが、刀身から放たれて画面を浸食していく。
 ツカサは唖然とした。ギャラリーすら雰囲気に呑みこまれ、言葉を失って静まりかえる。
 あんな避けかたは、普通できない。まさしく紙一重の間合い感覚が必要な神業といえる。そんな風に、驚きと感心が頭を駆けめぐっている間に……

 スタッ!

 コンマ数秒。背後を取られた。
 むろん、必殺技炸裂中のツカサのキャラは、動くに動けない。
 相手はクールに、一言も発さずにワザを決める。

 バスッ、バスッ、バスッ、バスッ、バスッ。

 何でもない、ただの連打。最後の一撃で、ツカサの体力ゲージは0になった。

「うぬぅ」

 二戦目に入るが、正直どう闘っていいのか分からない。釈迦の掌の上で、いいように転がされる孫悟空のような気分だった。そのとき……

「よおっし、絶対顔を見てやるぜ」

 アツシが他のギャラリーを押しのけて、対戦相手の顔を覗きこんだ。

「え? そんな、まさか……」

 表情が、氷のようになった。一瞬にして血の気が失せていた。

「あわわわわわわわ」

 果たして、その相手とは……


 * * *


 それが気になってしょうがなかったツカサは、あっという間に2タテを取られた。
 まあ、一戦目でほぼケリがついたわけで、結果は順当と言えよう。問題は、敗残者となって席を立ち、アツシのごとく筐体の向こう側を覗きこんだ時だった……
 淡々とした表情で、くわえタバコをしている妙齢の人物。

「セ、セツナ先生!?」

 母校の保健医にしてアツシの姉、まさしく安部セツナ先生その人だったのだ。
 先生は、少しも驚いたようすもなく、眼鏡越しに見返してくる。

「きみが相手だったのか。なんだ、だらしないなぁ。じゃあ、今夜は君の奢りだぞ」

「え、奢りって何を?」

 文脈も何もない。何がいったい、どうしたというのか?
 ツカサは現実世界でも、いきなりカウンター・パンチを喰らったのだった。

 日曜の夕方、三人はカフェバーで、まったりしていた。

「しかし、セツ姉も人が悪いや」

 アツシが『騙された』といった顔をした。

「うん。まさか、あんなに格ゲーに強いなんて……」

 ツカサとしても、完敗を認めるしかない。

「うん?」

 今度はセツナ先生が、頭上にハテナ・マークを連発している。

「そう言われてもな。たまたま暇つぶしに、ちょっとやってみただけだが?」

「え? それってまさか……」

 ツカサの脳裏に、嫌な推測が浮かんだ。
 アツシがダメ押しする。

「そういえば家でも一回だって、格ゲーやってるとこなんて見たことないよな」

 先生はそれに答えて、天使のような笑顔で、悪魔のように言い放った。

「うん、初めてやった」

 そしてストローで、ずずーっとカクテルをすすった。

「う、あ……やっぱり、そうだったのか」

 ツカサの肩に、一気に疲れがのしかかる。

「まあ、ほら、あれってけっきょくは心理戦だろ? 相手の行動予測が立てば、その通りに指先を動かせばいい。何が難しいことがあるんだ?」

「いや、いいです……」

 普通の人は、そんなことは頭で分かっていても、体が動かないんですよ。
 そう言いたくても、何も言えないツカサだった。

「まあ、いいか。ここはツカサの奢りだし、ジャンジャン呑んじゃおう」

「い、いや、だから、いつからそんなことに?」

「なんだ、白々しいなあ。きみがこのあたしに、絶対的に完膚なきまでケチョンケチョンに叩きつぶされた、あの瞬間からだよ」

 眼鏡の奥底には、いたずら心に輝く瞳があった。

「せ、先生。ちょっと呑みすぎじゃないですか?」

 しかも僕の財布で……などと思いながら、ツカサはアツシと一緒に肩を貸していた。

「やだなあ、ツカサ。あのくらい、呑んだうちには入らないわよ」

 だったら、ひとりで歩いてください。
 そんな言葉を、素面のツカサはまたしても呑みこんだ。

「ったく、ひとりで勝手にできあがっちまいやがって」

 アツシもこぼす。

「あら、アツ? あんたまだいたの?」

「セツ姉……ひ、酷すぎるぅ」

 泣きそうな声をあげるアツシ。

「あははは。冗談よ冗談。あんたはあたしの、大切な弟ですもんね」

 セツナ先生は、からからと笑いながら、何の前触れもなくアツシの首を締めあげた。

「いで、いでででで! なんて酒癖の悪さだ! だいたいオレたちには一滴も許さないクセに、自分だけガバガバと呑んだりして」

「あたりまえでしょ。こっちは懲戒免職になんか、なりたくないんだから」

 どこまでが本気で、どこまでが冗談なのか?

「……ったく、酔った姉貴は始末に負えないよ」

 すると先生は、腕を振りほどいて弟を睨みつけた。

「私は酔ってなんかないぞお、ひっく」

 そしてそのまま、シャキッと背を伸ばす。

「ほら見てな。真っ直ぐにだって、歩けるんだから」

 そのまま、トテトテと歩き始める。

「うわあ」

 見ていられない。ツカサは一瞬、両手で目を覆った。

「なんだ。姉貴、けっこう大丈夫そうじゃないか」

「え、そうなの?」

 指の間を開けて、その向こうにいる先生を見る。

「ふーんふーんふふんふーん♪」

『雨に歌えば』とかなんとか、雨も降ってないのに鼻歌を歌っている。確かに真っ直ぐ歩いているようだし、実際にはそれほど酔っていないのかもしれない。

「だから、おれちょっと行くわ」

 アツシが、いきなりサクッと言って、肩をポンポンと叩いてきた。

「え? お、おい。どこ行くんだよ?」

 あまりの展開の速さに、ついていけないツカサ。

「ん? まあ、ちょっとした野暮用ってヤツ……ほんじゃな、ツカサ。姉貴のこと、しっかり面倒見てやってくれよ」

「お、おい!」

「ジャッ!」

 それだけ言い残して、アツシは猛スピードで視界から消えた。

「これは、もしかして……」

 ていのいい厄介払いなのか?

「やれやれ、なんで僕がこんな目に」

 ツカサが、天に向かって我と我が身を呪っていると……

「う、急に気分が……」

「え? セツナ先生?」

 慌てて声のほうに振り返る。

「え、え、え、え?」

 目の前にあったのは、スーツにしめつけられてはちきれそうになっている、二つの大きくて隆起だった。ふと上を見上げると……

「ツカサくん……」

 先生の潤んだ瞳があった。

「な、なんですかっ!?」

 セツナ先生は、いきなり体重を預けてきた。

「ちょ、ちょっと先生!? やっぱ酔ってますよっ」

「ふふ、そうね。でもなんだか、少しだけこうしていたい気分」

「え、ええとですね……」

 自分の背中に巻きつけられた、しなやかな腕。
 そして胸元には、柔らかい感触があり……

「じぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」

「え?」

 今度は背後に、なにやら異様な気配……いや視線を感じた。
 倒れないように先生を支えながら、首だけで振り返る。するとそこには……

「……」

 無表情ながらも、じっとこちらを見つめている存在が居た。

「え? あ、いや、その、ともかちゃん……」

「先輩……」

 このあいだ転入してきた、下級生の玖印ともかちゃん。

「と、ともかちゃん、違うんだよこれは……」

 ドロン

「え?」

 瞬きをした瞬間、ともかちゃんは煙のごとく消え去っていた。
 ダメだ! このままでは、自分の社会的地位がダメになる。何としてもともかちゃんを探し出して、誤解を解かなくては。
 だが……

「ふふーん。ここにいる“か弱い女”を置いて逃げる。そういうヤツだったんだな、水内ツカサという男は……」

「いや、ちょ、ま、先生!」

「いーんだいーんだ。みんなにそう、言いふらしてやるんだから」

「あ、あのですね」

 思わず、頭をかかえる。『前門の大トラ、後門のおお神よ!』とは、まさしくこのことか?

「うふふふふ」

 先生はいきなりツカサの腕を取り、強引に下級生が消えた方向と逆に歩いていく。

「ふーんふーんふふんふーん♪ ほら、ツカサくんも元気に歌って」

「え、歌って、ちょっと、そうじゃなくて……」

 なんで僕ばっか、こんな目に……
 そんなことを思いながら、不幸なツカサくんの夜は更けていくのであった。

 めでたくもあり、めでたくもなし。